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「水域」作品紹介 その3 [展覧会 / room]

いよいよ今週末までの開催となる、チャン・ユンチア個展「水域」。展示作品の中より今回はこちらの作品を紹介します。

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「ある芸術家の生涯」 An Artist’s Life 2015年、油彩・キャンバス、66x85cm
 
 この作品は、ヘルマン・ヘッセの小説「ロスハルデ」の中で記述されている絵画を、私なりに翻訳したものである。その絵画とは、小舟に乗った一人の漁夫と、彼が捕えた二匹の魚を描写したものである。私はこの小説を二十年前に読み、この漁夫のイメージは、その後もずっと私の記憶に留まっていたのだが、今になってやっと、このイメージを描くのに十分な成熟と経験を積んだと感じられた。私はこの作品を、できるだけ小説に書かれている通り忠実に描こうとしたのだが、それでもこの「翻訳」の作業から漏れ落ちるものがあった。それは、例えばその時の天候や、漁夫の属する民族と服装、魚の種類、小舟がどんな木材で作られていたのか、といった様な事柄である。
 
 私はこの架空の漁夫が住む土地から遠く離れた所に住んでいる。私は彼の実存主義的な不安を感じるものの、私が描くことができる漁夫の環境は、私の暮らす環境と、その環境に影響されて形づくられた私の思考と感覚に基づいてのみ表現することができる。この漁夫と同様、私は私固有の境遇に置かれていて、私が生み出すことができるものは、私を取り巻く環境が私に授けてくれるもの次第なのである。



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この作品は、上のユンチアの解説にもあるように、ドイツの作家へルマン・ヘッセの小説「ロスハルデ」中の一節を絵に表現し直したもの。この小説は、湖畔に建つ屋敷「ロスハルデ荘」を舞台に、主人公である中年の画家が、妻との確執や最愛の息子の死を経て新たな人生を歩み出すまでを描いたもの。画家がこの絵を描くシーンは冒頭の辺りに出てきます。


 画家はぢつと眼をこらしてその絵を見つめて、パレットの色合ひを考へた。そのパレットは彼の従来のものとはもはや似もつかぬもので、赤と黄の色彩をほとんどみな失つてゐたのだった。水と大気は出来上がつてゐて、水面にはぞつとするほど冷やかな、ぼんやりした光りが漂つてゐた。岸の茂みや杙は湿っぽい模糊とした薄明かりの中に浮び上り、粗末な漁舟は非現実的にぼやけて浮んでゐた。漁夫の顔もとらへどころがなく表情もなかった。ただ漁夫の静かに魚をつかんでゐる片手だけが仮借なき現実味にあふれてゐた。一匹の魚はぎらぎら光りながら小舟の縁を跳ね出してゐたし、いま一匹はぢつと平たくなつて横たはつてゐた。そして、その魚の開いてゐる円い口と驚いて凝視してゐる眼には生物の哀愁があふれてゐた。全体としてはひややかで、ほとんど残酷なまでに悲痛な調子であつたが、それでゐて静かで穏かで、そこに表現されてゐるものは簡素な象徴以外の何ものでもなかつた。簡素な象徴といふものは、芸術品をして芸術品たらしめるものであり、吾人をしてただ単に自然全体の不可解性を感ぜしめるばかりでなく、ある甘美な驚きをもつてそれを愛さしめるものなのである。

(「湖畔の家《ロスハルデ》」 角川文庫、秋山六郎兵衛 訳より *漢字は旧字体のものを新字体に変換しました。)


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迫力ある右手部分の描写。小説の中ではその後、画家が召使に向かって魚の口のあけ具合がきちんとリアリティーを持って描かれているかどうか問いただすやり取りが続きます。


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